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東京地方裁判所 昭和31年(タ)123号 判決

主文

原告と被告とを離婚する。

被告は原告に対し金七十万円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を原告の、その余を被告の各負担とする。

本判決中第二項につき原告において金十五万円を供託するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

第一、離婚

一、公文書であつて真正に成立したと認める甲第一号証(戸籍謄本)同第二号証(アメリカ合衆国副領事作成の婚姻証明書)。によれば、原告主張の原、被告の国籍に関する事実及び、その婚姻の成立に関する事実が夫々認められる。

二、証人兼高実、同兼高はる江の証言および原告本人尋問の結果と同結果によつて真正に成立したと認める甲第三号証(供述書)とを綜合すれば、次のようなことが認められる。

(一)  原告は友人の紹介で被告と知り合い、三、四箇月の間友人として交際をしていたところ、当時原告は二十二才の若さであるのに対し、被告は五十九才をこえていたけれども、被告の熱心な求婚によつて結婚し、同棲生活に入つたが、原、被告間の夫婦生活は間もなく円満でなくなつた。その理由としては、たとえば次のようなことを挙げることができる。即ち、

1、結婚早々から、日常の買物はすべて被告がみずから出かけてすませ、また被告は集金人が家に来るような場合でも金銭を原告に預けることはしなかつたこと、したがつて原告は被告が買つて来た物の範囲で料理を作るという状態であつたし、食べ物については常に束縛されていたこと。

2、或る時は、原告が米を買うからと言つて、その代金をくれるよう被告に頼んだけれども、「家にあるアメリカ製品でも食べていろ」と言つて原告には金をくれなかつた。また、女中に食べさせるために米を買うと言つても、被告は「現在日本人はくさる程いるのだから、ごはんを食べたいと言うような女中はやめさせろ」と言うなど日常生活において非常に金銭についてうるさい性格であつたこと。

3、昭和三十年七月頃、原告が聖路加病院に入院中、被告は原告の病床に来て、他に同室の患者もいるところで、原告の病気は遺伝性で被告の責任ではないし、入院していると一日五ドルの費用がかかるから早く退院しろとか、どこも悪くないのに入院しているから費用がかかるなどと愚痴をこぼすばかりで、原告を慰めようとはせず、手術の日は面会にも来ないなど病床にある原告としては非常な精神的虐待を受けた。その頃、原告は医師から腸結核であるとの診断を受け約六箇月間の養生をするようにすすめられたため、前記被告の思いやりのない言動を思い合せなどして、原告は遂にその精神的苦痛に堪えきれず、同年八月末頃自殺を図つたほどであること。

4、原告は結婚後被告とともに映画を見に行つたこともなく、ハイキングなどに出かけたこともなかつた。また、被告は原告が一人で外出すると、「お前には他に男がいるのだろう」とか、原告が口紅をつけていると、「ボーイフレンドと会うのだろう」などといやみを言つたりなどした。

5、昭和三十一年二月十三日被告は、事実そのようなこともないのに、原告が他に男をもつていると言つてゴム製のスリツパー式の靴で原告の顔を殴つたこと。

6、右のようなことから、原告は被告がけちんぼな人間であると思つていたこと、また、原告は被告が原告を妻として取り扱つてくれないし、被告が妻に対する愛情をもつて原告に接してくれないと考えて非常に不満の念を抱いていたこと。

(二)  しかして、以上のようなことが、原、被告間の夫婦生活中につもりつもつて、遂に原告は被告との生活に堪えられなくなり、被告に対し原告が家を出る旨申し出たところ、被告は、「今までの食費と医療費を返せ」とか、「金さえあれば女はついて来る。出て行く気ならば出て行つてみろ」などと言つて原告が使用していた結婚指輪、時計その他装身具を原告から取りあげまた、原告の写真もアルバムからはずして破いてしまい更に友人や近所の人達に原告が家の中の金や指輪を盗んだと話したりした。

そこで原告は、被告とはこれ以上、とうてい夫婦として生活を続けてゆくことはできないと考え、被告との離婚を決意して昭和三十一年二月二十三日着のみ着のままの姿で被告の許を去り原告の実家に帰つたこと。

以上のような事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、ところで、法例第十六条によれば、離婚は離婚原因事実の発生したときにおける夫の本国法に準拠すべきであるから、本件離婚は法例第二十七条第三項に従い被告の本国法であるアメリカ合衆国のうち被告の属する地方の法律によるわけであるが、同国の国際私法は離婚に関する法律のてい触につき、離婚当事者の一方若くは双方の住所のある法廷地法を適用すべきものと定めていることは、当裁判所に明らかであるところ、夫である被告がアメリカ合衆国、原告が日本国の各国籍をもつていることはさきに認定した通りであるし、弁論の全趣旨によれば原告が出生以来継続して日本に居住していることが認められるので、法例第二十九条により本件離婚は日本民法により判断すべきものである。

しかしてさきに認定したような事実はこれを綜合して民法第七百七十条第一項第五号にいわゆる婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合に該当すると解することができるから、右事由に基き被告に対して離婚を求める請求は正当として認容する。

第二、慰藉料

本件の離婚原因は、前段認定のとおりであり、その責任は挙げて被告において負うべきである。しかして原告は婦女子として右被告との婚姻生活ひいては別居離婚により精神上多大の苦痛をこうむつたことが明らかであるから、被告は原告に対して、これが損害の賠償として相当額の慰藉料を支払うべき義務がある。そこで賠償額について考えると、前顕各証拠によれば、原告は東京都所在お茶の水高等女学校を卒業して更に津田英語会に学び、英語を習得し、同校を卒業後国際電信電話局に勤務しているとき被告と知り合い初めて婚姻した者であり、いまだ当二十五年で再婚の望みもなくはないが、女子の結婚難の現社会情勢からすると再び良縁を得ることは相当むずかしいこと、被告は在日米軍軍属でかなり高い地位にあり、現在居住する家屋(木造トタン葺平家建、建坪十八坪。)乗用車(一九五二年型。)その他動産を所有し、また暖房設備などの技師であつて、一箇月金十八万円から金二十万円の収入を得ている者であることが認められ、これらの事実と前記認定の離婚に至つたいきさつを彼此斟酌するときは、右慰藉料の額は金七十万円を以て相当とするから、原告のこの点に関する請求は右限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として排斥する。

第三、訴訟費用と仮執行

訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条、同第九十二条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 秋吉稔弘)

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